2022年06月13日

守りたいもの

どのようにして出会ったのかよく覚えていないのですが、私には、若いころから好きな詩があります。
茨木のり子さんの『自分の感受性くらい』という詩です。
「ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて」*という書き出しで始まり、「駄目なことの一切を
時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄  自分の感受性くらい 自分で守れ
ばかものよ」*という叱責の言葉で終わるこの詩は、1977年に発表されました。茨木のり子さんは1926年生まれ、2006年に79歳で亡くなった詩人で、敗戦からずいぶん経ってから、戦時中の自分のことを振り返ってこの詩を書かれたようです。
いつ読んでも、ちょっと叱責されているようなこの語り口に、ドキッとさせられるのは私だけでしょうか。

私は、歳を重ねるにつれ、知ったかぶりになっている自分に気づいたときなどにこの詩を思い出します。
道端の小さな花や、木々の花、小さな生き物に心動かされたり、雄大な自然を前に感動したり、美しい音楽や絵画を聴いたり観たりしてうっとりしたり、物語の主人公と共に書物の中に入り込んだり、友達の気遣いが心に沁みたり、世の中の不条理に腹を立てたり・・・、美しいものを美しいと感じ、有難いことに感謝し、腹立たしいことには腹を立てるという、自分の心の柔らかな部分を無くしてはいけない、それは守っていかねばならないことだと思っています。

実は、今年3月に2年ぶりに開くことができたグリーン・エコーの演奏会のステージで、オーケストラの美しい音、合唱の他のパートの声を聴きながら、自らも歌い、音楽に浸っている幸せを改めて感じ、心が震えたのです。そして、その時の心の震えを忘れたくないと思いました。

どんな時代にも、またどんなに歳を重ねても、この世界の美しいものに心を揺らすことができるばかりでなく、この世の不条理に怒ることのできる、柔らかくて、しかも強靭な心を自分の中に育み守っていきたいと思います。
皆さんの守りたいものは何でしょうか?(M)

*詩の引用は、茨木のり子著『自分の感受性くらい』(花神社 1977年)から
posted by blogstaff at 15:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常風景
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